ただいま修理工房ではYAMAHAのUXというアップライトピアノのクリーニングをしています。お手頃価格にて提供いたしますので、どうぞお楽しみに。
さて、先日お客様のピアノの調律のときに、どのくらい音がずれたのだろうかと測定してみました。
下の表は、割り振りというファからミの12の音を平均律で調律した、88鍵の基礎となる部分を測定したものです。
一番低いドから6オクターブ上までのドの音を業務用チューナーアプリに聞かせて、そのピアノの特徴を捉えさせます。数値の単位はセントといい、100セントで半音となります。表中の数字は、チューナーが測定した基準より何セントずれているのかを示したものです。
Key | F | F# | G | G# | A | A# | B | C | C# | D | D# | E |
前回の調律から1年後に測定 | -0.3 | -1.4 | -1.8 | -1.9 | -2 | -1.9 | -0.9 | -0.9 | -1.7 | -1.9 | -1.0 | 0.1 |
今回の調律直後の測定 | -0.1 | 0.8 | 0.4 | -0.6 | 0.4 | -0.2 | 0.5 | 0.9 | -0.2 | -0.4 | -0.1 | 0.2 |
表中の下の段「今回の調律直後の測定」をみると大体1セント以内に収めることができたようです。アメリカのPiano Technicians Guildの調律試験では、1セント以上の誤差で減点、80点以上で合格なので、この測定では100点満点ということになります。
上の段は調律前の測定、つまり、前回の調律からほぼ1年後の状態ということになります。
1年間でおおむね2セント程度のずれが生じていることになります。さらに、多少ばらつきはあるものの、大体それぞれが同じ程度下降していることが読み取れると思います。
調律師は半音の100分の1から1000分の1の誤差で音を合わせていることになります。そして、長年の訓練の成果として、調律したすべての弦が同じように変化していくように調律するのも一つの技術なのです。
そこで私たちピアノ調律師にとっておおきなジレンマが生じます。
上の表のような音の変化をお客様が耳にすれば、多くの人は「別に音はくるってないから大丈夫」とおっしゃいます。ちなみに50セント近くピッチが下降していたピアノを調律すると1年後でも15セント程度は下降します。15セントというのは、10年近く放置しないと下がらない下降幅です。それでも楽器に詳しくない方や初心者の方には音が狂ったとは感じないようです。毎日聞いている音だから変化を感じることができないは仕方ないのかな、とも思います。
調律師は長年の訓練で美しい音律をつくり、それが極力長く維持できることを技術力とします。そしてお客様に毎年の調律を推奨し、1年経過したら「間違いなく音はずれていますよ」というのです。上記表のように100分の1以下の誤差で仕上げた調律が1年後に100分の2くらいまで下降したくらいでお客様が特に違和感を感じていなくても「音はずれているので調律した方がいいですよ、音以外にもいろいろ点検した方がいいですよ」と調律をお勧めするのです。
でも確かに調律は1年に1回やっていた方が、やっていないピアノとの差が開いていきます。音律だけでなく、鍵盤のタッチ、アクションの状態など、多方面へ影響していきます。
その一つの理由として張力による状態の維持です。音がずれていくということはピッチが下降していくこと、つまり弦が引っ張る強さが緩んでいくことです。ピアノは弦が強く引っ張ることでその状態を守っています。建物なども梁の張力で状態を維持しているといわれるように、張力はとても大切なのです。
そしてもう一つの理由が、程よく音を出してあげることで響板から全体の振動を促し活動させることです。ピアノの一番身近なお手入れはピアノを弾いてあげることです。たくさんある可動部分を動かしてあげることで微量な熱が生まれ、湿気対策にも貢献してくれます。車や自転車を放置すると錆びていくように、人が運動しないと体がなまっていくように、ピアノも劣化していってしまうのです。
個人の価値観なので受け取り方は千差万別化とは思いますが、以上が調律師が調律を勧める背景と理由です。ピアノは大切にすれば100年でも使える事例はたくさんあります。できるだけ多くの方が長く愛用していただけたらいいな、と思います。